サバンナアカネズミ

柘榴草

 東京で一人暮らしをする大学生、高田は二十八日間に同様の夢を十回見た。平均して三日に一回のペースだ。共通の要素はある赤毛のネズミの登場。
 もともと神経の細かった高田は不安を紛らわすため、その一ヶ月で二十一回の掃除をし、二回家具の配置を変え、三種類ネズミ駆除の薬を配置し、実家から一週間猫を借り、携帯のメモリーに害虫・害獣駆除会社の電話番号を登録したが、結局赤いネズミの毛一本、糞一つも見つからない。その間にも赤毛のネズミはより狡猾に、夢の中で物陰に隠れ、飛び回り、高田の朝食を漁り、こちらを威嚇してくるのだった。
 やがて自宅で眠れなくなった高田は、夜になると電気を消して布団に入り、暗闇でほんのわずかな物音に聞き耳を立てながら、その音が聞こえるのを恐れていた。見る見るやつれ、知人に勧められて病院へ行った高田は、医師から睡眠薬を受け取り、あり得もしない妄想で疑心暗鬼で嘘っぱちなのですから、と一つアドバイスを受ける。なにかどうにか、発散させた方がいいんじゃないでしょうか。
 高田はどうしようもない日々を日記に残し始めた。まず赤毛ネズミへの不満、自身の苦労、引越しの希望などを書いた。しかしそれもいつかは尽き、ある日ふと、ついにネズミを見つけて叩き潰してやった! と一文だけ書いて、睡眠薬なしで寝た。それから高田の筆は日を重ねるごとに進みが速くなり、日記帳に毎日十ページも書くようになったころには、その日記は創作で埋まり、ネズミが夢に出てくることもなくなった。
 ある日高田は、広大なアフリカの大地へ旅に出る日記を書いた。その日の夢は、もちろんサバンナ。シママングースやトビウサギやトムソンガゼルやアミメキリン、そしてジャクソンカメレオンと戯れた後に、体毛が極端に薄く前歯の発達が顕著な、一見ネズミとも分からない奇妙な姿をした一匹のハダカデバネズミと出会った。
 目を覚ました高田は水道水を飲んで背筋を伸ばし、力強く歩いて大学へ行く。